日蓮(矢内原忠雄述)
日蓮(矢内原忠雄述)
にちれん
矢内原忠雄の書いた評論。
『余の尊敬する人物』所収。岩波書店刊。
昭和一五年(一九四〇)五月発行。
内村鑑三の「日蓮上人」(『代表的日本人』所収)と並び称されるキリスト者の捉えた屈指の日蓮聖人論。
平信徒であり弾圧をうけつつも真理を説き続けようとした自分の生き方と、平民僧であり真理をひたすら愛し迫害に屈せず信仰の純粋性を貫いた日蓮聖人との共感の気持に基づき真理を熱愛した真の愛国者としての日蓮聖人を明らかにした。
日蓮は強い性格の人物であり敵を仮借せず妥協と打算は微塵もなかった、と述べ競争心や売名ではなく「真理を愛したが故に、真理の敵に向って、止むを得ず論難を加へた」と指摘した。
しかも真理に対する熱愛によって権力者に取り入る偽善者と戦ったのは日蓮の私言ではなく経文の言であり、この経文をよりだのみとする確信が「日蓮の戦闘力の根源」であり言論に強さを賦与した根本原因であるとも記述している。
これは、「日蓮の宗教は心の宗教であり、経文の宗教であり、悪人、女人、平民、万民の宗教」であるという日蓮認識によるものであり、「日蓮の怒り」の底に真理を熱愛し真理を命とした信仰的確信が厳として存在していたことを明確に理解していたことを示すものである。
また本書の特色は、真の愛国者としての日蓮聖人の姿を提示した所にもみられる。「多くの者が愛国を己が商売とする世にありて、日蓮は真実に私の無い愛国者でありました」。
日蓮の公生涯は立正安国論にはじまり立正安国論に終るといい、立正安国とは国家主義の宗教ではなく真理国家・宗教国家を目的としたものと主張した。
日蓮は法によって国を愛したのであって法を国によって愛したのではないと指摘、「上(かみ)よりの迫害を受けることによって真の信仰が顕はれるとする」法悦歓喜の世界を共有しながら真理を守り活かす者のみが持ちえる喜び、愛、厳しさを表白した。
これは誠の愛国が偽の愛国と戦いしかも真の愛国がかえって偽だとされる戦時下の時勢への批判を伴なっており、それ故に「真理の為めに真理を愛し、真理によって国を愛し、真理の敵に向って強く『否』と言うことのできた人」である日蓮聖人を再発見し、聖人に対し深い尊敬の念をはらったのである。
この書には他に、「剛毅の日蓮」と同時に親・師・恩人・弟子に対して繊細な愛情を持ち孝心の篤い「優しい日蓮」も把握しており、「彼の強さも優しさも、その根は一つです。既ち彼の真実なる性格であります」と述べている。