日蓮聖人画像
日蓮聖人画像
にちれんしょうにんがぞう
日蓮聖人の姿を紙本、絹本などに描いたものを一般に日蓮聖人画像という。
絵像よりも画像という呼称の方がひろく用いられている。
御影(みえい)は尊称ではあるが木像にも使われることがあるので、画像とよぶならば描かれたもの、という意味を明瞭にすることができる。
ここでは日蓮聖人画像を三つの系統に分けて述べることとする。
その一つは説法図の系統である。
聖人は左手に経巻、右手に中啓、払子などを持ち、説法の様相を示す。
この系統の最古の画像として三島市妙法華寺の説法図(鎌倉時代、重要文化財)をあげることができる。
ほかに高岡市大法寺、七尾市実相寺、京都市本法寺、羽咋市妙成寺などの画像がある。
なお説法図の系統から派生した一連の画像に七面天女影響のありさまを描いたものがある。
聖人説法の机の前に龍の巻きついた蓮華の花瓶を置くことを特色とする。
『草山集』その他の記述や、本遠寺の画軸の墨書などから、七面天女の伝説を扱ったものであって竜女成仏の図でないことは明らかである。
この画像の例として小田原市浄永寺、山梨県本遠寺、京都市本満寺、厚木市妙純寺などの画像がある。
その二は読経図の系統である。
この系統では聖人は両手に経巻(法華経六の巻。経机などに法華経を並べて描くときは必ず六の巻のところが一巻空けてある)を広げて読経の態様に描かれる。机は経机の場合と高座の形とがあり、まれには机を置かないこともある。
最も古いものは市川市浄光院の画像(「水鏡御影」鎌倉時代・重要文化財)であり、ほかに萩市法華寺(二点)、身延山久遠寺(土佐広通作)、堺市妙国寺、山梨県立正寺などのものをあげることができる。
三に肖像図の系統がある。
これは聖人の上半身を現すのみで、着衣は袈裟を描かず、また仏具など一切の荘厳を示さない。
身延山久遠寺の波木井御影(「水鏡御影」の別称もあるが、水鏡とは普通自画像をいうのであり、この画像の伝承からは「波木井御影」の名称の方がわかりやすい)がこの一連の画像のもととなっている。
波木井御影は弘安五年(一二八二)に波木井実長が、その邸に滞在していた京都の絵師従五位下の藤原親安に描かせたものと伝えられている。
この系統の画像は、とくに江戸時代後期から明治時代以後写し継がれることが多くなり、宗内の檀信徒にも親しまれている。
近代に至っては横山大観、小林古径、野田九浦、植中直齋、中村岳陵、野ロ弥太郎、片岡球子その他諸画伯がそれぞれの時代の様々な個性によって聖人を描いている。
《『日蓮聖人事蹟事典』(雄山閣)「日蓮聖人の画像」の項》
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