日蓮と千日尼(武者小路実篤著)
日蓮と千日尼(武者小路実篤著)
にちれんとせんにちあま
武者小路実篤の発表した伝記小説。
昭和三年(一九二八)に発表した戯曲『日蓮』『佐渡の日蓮』と共に実篤の日蓮聖人に関する作品の一つ。
昭和一六年五月一五日発行。河出書房刊。『日本の偉れた人々』所収。
空海、親鸞、雪舟、北斎等々と列べて日蓮聖人を日本の偉れた人として取上げ、その面影を偲び教えを受け力づけられた内容をしるした習作。
佐渡における日蓮聖人と日蓮聖人の弟子になった阿仏房・千日尼夫婦との間に脈々と流れる信仰の絆と人間的情愛を、簡明な筆致で綴り、迫害に屈することのなかった勝利者としての日蓮聖人の姿を浮き彫りにしている。
平気な顔をして何物も恐れないような面魂で佐渡に来た日蓮聖人は、荒れ野原で風は吹き放題の破れ草堂に居ても平然とし、へこたれず、かえって勇気がわき、法華経の行者は今までにあらゆる迫害や困難に遭い続けてきたのだから、この島国の人たちに敗けるような男ではないと述べる。
日蓮聖人の説く話を聞いて感心した阿仏房・千日尼夫婦は、日蓮聖人が「何一つ悪いことをせずに、こんなにまで苦しめられて、しかも少しも屈せず、天をうらまず、よろこんで法華経の真理をつたへるために、自分の身命をなげすてる男を初めて見た」と思い、ありがたく感じる。
その強い信仰の力と人間の力に感動し、粗末な食物をありがたがって食べるのを見て一緒に涙を流す。
千日尼は日蓮聖人からの手紙を読み、そこに女人が成仏できることを知って喜ぶ。
「勝利者として佐渡の春を迎へた」日蓮聖人は、やがて幕府に対する勝利者として帰ってゆく。
涙ながらに見送った夫婦は、やがて身延山に入った日蓮聖人を想い出し、千日尼は夫を送り出す。
日蓮聖人から送られてきた手紙を読み、千日尼はそのありがたさに泣き出す。
「これをつたへ聞いた人には、師と女弟子の美しき話は今迄にもよく聞いたことがあるが、こんなに美しい話は聞いたことがないと語りあふのだった」と結ばれている。
どんな境遇にあろうとも、常に張り切った信仰の力を持ち、運命が与えてくれたものを最上に生かすことを知っている人間が日蓮聖人であった、と語り「人間日蓮」が信仰の力によってこそ精神の勝利者たりえた、という点を情感をただよわせながら描いている。