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日我(進大夫阿闍梨・保田妙本寺)

にちが #2689

日我(進大夫阿闍梨・保田妙本寺)

にちが

(一五〇八-八六)
大夫日我、要賢日我、進大夫阿闍梨と称された。
千葉県保田妙本寺一四世にして、宮崎県に生まれた。
要法寺日辰と同時代の人で、富士門流では西辰東我といわれる学匠である。
六歳にして日要示寂の年名義上の弟子となり、蓮台日俊に就て受学し、文元年(一五三二)二五歳で法灯を継承し、里見義堯の庇護をうけた。
正一四年一一月七九歳で没した。
日我は一面には、妙本寺一一世三河日要の祖述者ともいわれ、本迹教観については、本門八品は宗教、久遠一本因妙下種の妙法は宗旨なりと説き、その特色的傾向を強めている(『蟇蛇異見抄』)。
富士門流の宗祖本仏思想は、日我により明確化され、本因妙行者は脱仏釈尊の弟子にあらず、寿量品の「我本行菩薩道」に、本因妙本果妙具足を求め、この本因妙の日蓮聖人をもって末法下種本仏とする学を説いている。
いわゆる自受用報身如来は、聖人の本地身という説である。
この学思想は八品日隆の学と対比されるが、文底寿量中心の下種思想は、成仏は下種にきわまる一念信解の正信に有るを説いている。
著書に『御書見聞』『我邦雑記』『蟇蛇異見抄』『化儀秘決私記』『神仏本地見聞』等がある。
《『日本仏人名辞典』「日我」の項》

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