日匠(本地院)
日匠(本地院)
にっしょう
(一六二八-八九)
字は温故、本地院と号す。
摂州伊丹(大阪府伊丹)の人。
天質伶俐にして細行に拘らず、談論善く人を教化す。
尼崎長遠寺において日迅について出家、京都六条檀林に学ぶ。
時の化主一性院日威、その才覚を認め、関東の飯高檀林に学ばせる。
その時の化主寿量院日祐は徳一世に高く、その教化を受ける。
延宝、天和の頃には明静院日堯、同廣院日中と「飯高の三学匠」と並称される。
やがて、京都鷹ケ峰檀林の化主となり、本法寺二〇世、中山法華経寺四四世に瑞世する。
東山建仁寺経蔵に入り、梶折の安穏寺に隠退六三歳をもって元禄二年六月二一日卒す。
『日親上人徳行記』一巻を著した。
また日匠書『病導師』は、俗衆勧信の良書として世に行われる。
なお寿量日祐の『法華玄義』の解は不幸にして火に失したが、その残録を集めて上梓した功は著しい。
草山元政と親交を結び、共に博学、洽聞にして文藻も美しく、元政もこれを称賛した。
《『日本仏教人名辞典』「日匠」の項》