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心遂醒悟論

しんずいしょうごろん #2145

心遂醒悟論

しんずいしょうごろん

一巻。 幕末に出た什門の学者、永昌院通義日鑑(一八〇六-六九)著。 安政三年(一八五六)述。
一致派、優陀那日輝の著した『本迹帰宗論』に反駁した書で、什門の勝劣義を主張している。
大意列名、随文弁駁の二段に分かれ、第一段は次の十条である。
(一)一部修行本勝迹劣、(二)正助合行傍正勝劣、(三)開迹顕本体内勝劣、(四)捨劣得勝本勝迹劣、(五)不二一致待絶不同、(六)二羽両輪不離分喩、(七)正依迹門故名一致、(八)正依本門故名勝劣、(九)一致勝劣立名前後、(一〇)約教約部一部勝劣。
これらを略述すれば、
(一)は開顕の故に一部を修行し、能開所開の次第ある故に本勝迹劣という。 約教勝劣の義である。
(二)はこれを行に約して論じたもので、一部唯本の故に正助合行、傍正ある故に本迹は勝劣と述べている。
(三)更にに約して論じた勝劣論で、顕本しおわれば本迹不二だが、能開所開の故に体内の勝劣があり、これを不思議の勝劣と名付ける。
(四)は捨劣は目等の義で宗祖在世に絶え、勝劣は聖人の立行とする。
(五)不二は開顕絶待の名、一致は相待の名という。
(六)は山家の釈であり権実不離に喩えたもの。 聖人は転用して本迹不離に喩えたのであり、一致の義ではないという。
(七)一致の名は方便品等に依る実相同の名であると断ずる。
(八)勝劣の名は本門事成に依ると述べる。
(九)一致の名が先に起きたため、あえて勝劣の名は起きたという。
(一〇)約教約部の勝劣こそ聖人の所立とする。
また第二段は、『本迹帰宗論』の本迹双立十箇条に従って反駁を論じている。

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