六人立義破立抄私記
六人立義破立抄私記
ろくにんりゅうぎはりゅうしょうしき
上下二巻。
左京阿闍梨日教(一四二八-)延徳元年(一四八九)十一月四日選述。
正本不明。
写本重須本門寺。
『六人立義私記』と略称される。
本書は宗祖本仏論を中心にすえだした室町期の大石寺系教学の宗義書。
日教は初め尊門の住本寺末で出家して本是院また顕応院日叶と号したが、尊門教学に反対して大石寺に上り、時の貫首日有に帰伏して石山教学を鼓吹した。
後に日向(宮崎県)穆作(むかさ)に赴き『穆作抄』を著し、石山に戻り更に重須に転じたという。
寂年不明。
本書は日教六二歳の時の作で法華経、祖伝、宗義について覚え書き風に論述したもので、『五人所破抄』の注釈書といってよい。
要するところ日蓮聖人こそが末法の本仏であり、その血脈は白蓮日興に伝えられた。
日興以外の五老僧は仏法に迷乱して、釈迦を本尊として邪義に堕してしまったのだというのである。
更にこの書の中には日蓮本仏論から貫首本仏論へ展開していった大石寺教学の特異な傾向を窺うことができる。
本書は従来上巻のみしか知られていなかったが、日蓮宗々宝調査会は重須本門寺において下巻を発見、上下首尾完全することができた。
《『日興門流上代事典』「六人立義破立私・下」「六人立義破立抄私記」の項》