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一期所修善根記録

いちごしょしゅうぜんこんきろく #54

一期所修善根記録

いちごしょしゅうぜんこんきろく

中山法華経寺第三世日祐の同寺における活動を日祐自身が記したもの。 『宗全』「上聖部」所収。
この記録は、日祐が貫首職に就任してから一二年目の、嘉暦元年(一三二六)から没年の応安七年(一三七四)五月一三日朝までの、四八年にわたる仏事を書き留めたもの。 その内容は「法華経転読事」「精舎勧進造営並結縁事」「妙法蓮華経書写事」「京上四ヵ度」「御堂本尊等唱導勤仕事」「身延山参詣」などの項からなっている。
例えば法華経の転読について日祐は、嘉暦元年から没年の応安七年五月一九日の六日前の一三日朝に至るまで、法華経一万二七九八部、法華経の開経二六一一巻、結経二六〇九巻を転読していることを述べている。 日祐がこの記録を始める以前においても、相当の部数を転読しているようであるから、一生のうちには驚くほどの転読部数に上ることがうかがえる。 なお転読の最後が、「五月一三日朝」で終っていることからみると、朝夕二度の勤行に法華経の読誦が行われたようである。
また「身延山参詣事」の項をみると、日祐が中山法華経寺の貫首に就任したのはちょうど日蓮聖人の三三回忌の年に当っていたから、これを機に毎年のように身延山久遠寺の日蓮聖人所に参詣していることも記している。 そして日祐に伴って身延山に参詣した人数は、総じて三百余人にも上ったという。
このほか中山法華経寺の寺観の整備や法華経の書写・読誦を始め、京都・身延や諸末寺への往復など、その足跡が詳細に記録され、当時の中山法華経寺の動向をみる上でも貴重な史料といえる。
《中尾堯『日蓮宗の成立と展開』》

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