妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

身延山街頭布教隊

みのぶさんがいとうふきょうたい #4883

身延山街頭布教隊

みのぶさんがいとうふきょうたい

身延山八六世日静法主のとき結成され、日蓮聖人の辻説法にならって、大挙街頭に進出し、大法の宣伝弘通に活躍した布教隊である。
法主のもと新内局が成立すると同時に、布教部を中心に山務役職員、身延山大学・高等学校学生生徒の協力のもとに、昭和三五年正月、身延山街頭布教隊が結成され、一月二二日に静岡県静岡市清水区に出動したのを第一回として、これより各地に街頭布教を展開した。
黒衣に木蘭五条袈娑、台笠に手甲、脚絆という旅装で、団扇太鼓を全員が持ち、大玄題旗を先頭に、一部隊五〇-六〇名に、鼓音高らかに歩武堂々と繁華街を行進し、辻々で拡声器を用いて道行く人々に日蓮聖人の教えを説き、宗祖留魂の身延山霊山たる所以を語った。
従来の登詣者を相手とする布教、または依頼招請によって出張して行う布教と異り、進んで街頭に、しかも集団布教を行ったという点において、身延山としても前の企画であった。
あたかも新興団の流行盛んとなり、中に自派の勢力拡張のため、強いて身延山に批謗を加える者もあり、破邪顕正のため敢然として街頭進出にふみきったのであるが、地方寺院檀信徒の共鳴参加者あとに続き、各都市へ出動ごとに常に八○○、九〇〇、一〇〇〇という大衆行動になり、宗門の意気昂揚にも資するところ多大であった。
三五年以降一〇年布教地を府県別に年次と共に表示すると次の通りである(数は昭和年次を示す)。

 関東 東京(三六・三八・三九・四二・四四)、神奈川(三六・三八)、千葉(三八・三九・四〇・四一・四二・四三・四四)、埼玉(四〇・四一)。

 中部 山梨(三五・四〇)、静岡(三五・三六・三七・三八・四〇・四一・四二)、長野(三七・四二・四三)、愛知(三六・四一)、岐阜(三六)、新潟(四一・四四)、石川(三九)、富山(三九)、福井(三九・四〇)。

 近畿 京都(四〇・四二)、大阪(四〇・四一)、三重(三六・三八・四〇)。

 中 岡山(三九・四二)、鳥取(四三)、島根(四三)。

 四 川(三九・四二)。

 九州 福岡、熊本、大分、鹿児島(いずれも四一)。

 北海道  この街頭布教は地方寺院檀信徒と身延山の連帯を深め、且つ地方青年僧に強い影響を与え、今日全国各地で街頭布教が行われているもととなったことも見逃がせない効果である。
《『身延山史』、『みのぶ』》

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