聖伝活動布教
聖伝活動布教
せいでんかつどうふきょう
日蓮聖人御伝記映画をもってする布教、山梨県の青年僧藤井教仁、秋山智照、矢崎顕静ら相謀り、大正八年(一九一九)日蓮宗青年活動布教隊を結成し、嵐璃徳主演の「日蓮聖人御一代」を購入し、大正九年九月一二日を期して身延山で初上映し、これより山梨、長野、静岡、愛知、東京、福井、京都、四国、九州、東北、北陸と巡回布教し、一三年には大橋玄妙、角田致教らと共に再び全国を巡り、更に中国の青島まで布教した。
上映に当っては必ず講演による教義宣布を行い、そのあと日蓮聖人御一代の忍難慈勝を映画とその説明で感動的に訴えたので、恰も活動写真(映画)が一般に普及化しつつあった時世とて各地とも熱狂的な好評を博した。
九州だけで前後六〇日にわたる布教であった。
記録によると大正一〇年までで上映回数一二五回、観客数一六万四九〇〇余名となっている。
大正一一年、一二年にかけては身延教報が主催して講師を身延山から派遣し、日蓮宗青年活動布教隊と共力して各地に活動布教を行っていることが同誌に報告されている。
このほか、大正一〇年六月には京都下京区諏訪町の日蓮主義宣伝活動写真会社が日親伝外二種のフィルムを完成し、六月二日に京都公会堂、次いで大阪中央公会堂で上映し、これより全国各地で寺院と共催して好評を博している。
こうした気運に応じて、昭和二年(一九二七)六月に山梨県甲府市において、塩田義遜、塩島顗厚、矢崎顕静らによって若松町信立寺内に日宗映画宣伝協会ができ、同一二月には志村玄誓、川久保光正らによって日蓮主義映画協会が結成され伊勢町遠光寺へ事務所をおいた。
共に映画の貸付け、映画布教の申込みをうけた。
日蓮聖人の伝記映画には古く尾上松之助や嵐璃徳主演のものがあり、長尾栄進の聖人に扮したものもあり、早川雪洲の「国難に叫ぶ日蓮」や、長谷川一夫の「日蓮と蒙古襲来」は全国的に好評を博し、人々に強い感動を与えた。
殊に「日蓮と蒙古襲来」は製作の大映社長永田雅一もまた主演の長谷川一夫も共に身延山特別大本願人に列せられているほどに熱心な日蓮宗の信徒であったので格別な熱意をこめてできたものであった。
これは日蓮宗々徒総決起大会や護法大会にしばしば上映され、宗徒に多大な感銘を与えた。
《『みのぶ教報』大正一一年一二月号》