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端場坊(山梨県南巨摩郡)

はばのぼう #4392

端場坊(山梨県南巨摩郡)

はばのぼう

山梨県身延町に所在。
身延山支院の一。
四条金吾の開基。
四条金吾は四条中務三郎左衛門尉頼基、収玄院日頼と号す。
北条氏一門の江馬光・親の二代に仕えた。
竜口法難では「法華経の御故に日蓮とをなじく腹切ん」(定五〇五頁)と殉死の覚悟を示すほどの熱烈な信者で、聖人を親のごとく慕い、生活の内外のすべてにわたって聖人の指示を仰ぎそれに従った。
聖人もまた非常に金吾の人となりを愛して、金吾にあてた遺文は約四〇篇にも及び「一期の大」(定五六一頁)と自らいう『開目抄』をもしている。
子の月満御前の名も聖人が命名した。
医あり。
中務三郎左衛門尉殿」(定八六二頁)と述べているように、金吾は医術にも明るく、身延在山中健康を害した聖人はしばしば金吾の薬を服している。
聖人寂後、金吾はただちに身延に近い甲州内船の領地に隠居し、身延に創した草庵で、妻の日眼女(殊勝院日眼尼)と共に、聖人を守り続けたと伝えられる。
端場はその庵の跡で、弘安三年(一二八〇)の開創にかかり、四条金吾夫妻の木像を安置している。
明治七年(一八七四)には真浄を合併した。
なお内船の館跡は内船寺となっている。

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