生御影の御尊像の弁
生御影の御尊像の弁
しょうみえいのごそんぞうのべん
繰り弁の一つ。
日朗が日蓮聖人六一歳の姿を彫刻した木像を、弘安五年(一二八二)九月二五日、聖人みずから開眼する情景を語った段である。
池上入滅を語る一連講話中の一つで、京都大本山本国寺に安置する尊像の縁起となる弁である。
本弁は同年九月、身延より池上に入った聖人は、大曼荼羅をしたためて池上宗仲に授与し、宗仲の願いにより本門寺の開堂供養を営む。
その日聖人は、参詣の弟子信者に「大地震動する時、日蓮の最後と思ふべし」と、臨終の日を予言する。
驚いた東五郎長勝・平次郎光国らは、日朗が聖人の還暦を記念して影刻した木像を差出し、後世のためにと聖人にその開眼を願い出る。
聖人は木像を見つめながら日朗に「其方の志し孝心は、日蓮生々世々忘れ申さず過分に存ずるぞ」と、出家得度以来聖人の側にいて、伊豆流罪の折の身代りの懇願、竜口法難の時の入牢と佐渡への渡島など、日朗の不惜身命の給仕を慰労し、木像の開眼をするという内容で、生御影の尊像を通して、聖人と日朗との慈愛あふれる偉徳を語る弁である。