王難
王難
おうなん
法華経の行者に対する朝廷や幕府などの支配者・権力者側からなされる迫害をいう。
日蓮聖人は『開目抄』の中で「少々の難はかずしらず。
大事の難四度なり。
二度はしばらくをく、王難すでに二度におよぶ」(定五五七頁)と述べられているように、地頭東条景信による清澄寺擯出を始めとして松葉谷草庵の焼打ち、小松原での刀杖の難など数々の迫害を受けられたが、鎌倉幕府による難に弘長元年(一二六一)の伊豆流罪と文永八年(一二七一)の佐渡流罪がある。
また門下も聖人が『立正安国論』によって国家諫暁を行われたように、門下それぞれも行い、迫害を受けた。
なかでも久遠成日親が焼けた鍋を頭に冠するという迫害を受けた事はよく知られている。
更に不受不施派では豊臣秀吉の千僧供養会の出欠をめぐって、安国日奥が流罪されたのを始めとして、江戸幕府は禁制とし、数多くの僧俗が流罪・死罪にあっている。
《『遺文辞典』歴史篇「王難」の項、『日蓮辞典』「王難」の項》