燈明寺(京都府京都市)
燈明寺(京都府京都市)
とうみょうじ
京都市上京区に所在。
妙法山と号す。
永禄元年(一五五八)北野右近之馬場の傍に、日像建立七口之塔の一が発掘された。
立本寺一〇世善住日経は当時、天文法乱後の新寺建立禁止中であったので学養寺の名で寺を建て、その題目石を本尊として祀った。
いつしか参拝者が多くなり、遂に天聴に達し、天正一六年(一五八八)後陽成天皇自ら百燈を供えて法会を修し「燈明寺」の勅額を下賜して寺号を改めた。
その時の住持は三千仏道院日経で先の善住日経とは別人である。
寛永の頃実龍日良は日審の門人日等の協力で今の佐竹屋敷跡に大堂を建立して移った。
また日良は身延・七面山に石標を立てたり諸国の霊跡を巡ったが、その間武州峰山で法論勝利で得た両仏を、下鴨大妙寺の日像作の宝塔に添えて一塔両尊として祀った。
享保一五年(一七三〇)西陣の大火に建物は皆類焼したが仏像等は格護され、宝暦一一年(一七六一)唯観日高によって本堂を再建した。
《『霊場記』『本化別頭仏祖統紀』『雍州府志』》