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沙弥校

しゃみこう #3743

沙弥校

しゃみこう

将来日蓮宗僧侶になる学童の関。
現在は僧風林と呼称している。
日蓮宗初代管長新居日薩(一八三〇ー八八)は「法統相続は一宗命脈の係る所にして‐其教育は必ず沙弥より始めるべきである。 大中院は壮年の為に設けた学校であって、未だ幼年学校のないことは本宗の欠点である」として一〇歳から一四歳までの幼童を対象に沙弥校の設立を決意した。
日薩は明治一一年(一八七八)に沙弥校を運営するうえでの資本積立てを行い、同一三年には「沙弥校規則」三六条を設け、自ら校長となって幹事を決め、翌一四年に沙弥校を池上永壽院に置く旨を発表。 一五年三月三〇日には宗務局達書として「沙弥校へ賛助ノ件」を布告。 一六年九月九日に沙弥校の開校式を迎えた。 この、大内青巒・脇田堯惇が祝辞を述べ、幹の守本文静が演を行った。
現在(昭和五〇年=一九七五=四月一日改正施行)は僧風林と改称し「三宝給仕、行法第一の僧風を色読させる修行を中核」として訓育している。 なお僧風林は「宗務総長が当該輪番区内の宗務所長に諮り、適当な寺院を定めて開設」している。
清水龍山新居日薩』、『日蓮宗宗制』》

【補記】上記は昭和五六年発行『日蓮宗典』掲載の内容である。

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