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桟敷尼

さじきあま #3591

桟敷尼

さじきあま

日蓮聖人檀越といわれるが生没年は不明。
文永九年(一二七二)の『佐渡御書』(定六一〇頁)に富木殿、三郎左衛門殿、大蔵たう(塔)のつじ(辻)十郎入道殿と共にその名が見られる。
桟敷とは「桟敷は鎌倉の地名」(『本化別頭仏祖統紀』)とされ、源頼朝が由比ケ浜遠望のために桟敷を構えた旧跡であるために地名となったものか。 地名を名に冠するのはままあることで、ここに住する女房、尼を「桟敷女房」「桟敷尼」と称されたと考えられる。
また「兵衛左衛門殿の内室と見たり」(『録内啓蒙』)とあり、六老僧の一人、日昭の母(東次郎左衛門尉祐昭の妻)とする説もある。
妙一尼と同一人物であるという説については不明である。
先の富木殿を始めとする人々は、京都・鎌倉の情勢、同信者の状況を詳しく知る立場であったと考えられる。
なお『さじき女房御返』と称する御消息が二通あるが、これは祐昭の子、日昭の俗兄に当る祐信の妻にあてたものであるとされる。
《『遺文辞典』歴史篇「さじき女房」「妙一尼」の項、『日蓮辞典』「桟敷尼」の項、『昭和新修』別巻「妙一尼(桟敷の尼)」「桟敷女房」の項、『日蓮聖人大事典』「日蓮聖人の女信徒」の項》

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