杉田日布
杉田日布
すぎたにっぷ
(一八五五-一九三〇)
字は湛誓。
号は智明院。日蓮宗第二四代管長。
甲斐国(山梨県)増穂村に杉田武左衛門の四男として生れる。
四歳にて昌福寺日寿の膝下に投じ、一四歳にて得度し身延西谷檀林に学ぶ。
明治八年(一八七五)吉川日鑑の門に入って中教院に学び、同一一年には大教院において新居日薩の薫陶を受けたのち、同一八年昌福寺住職となり、山梨県の布教と宗務の改革に取組み「教友雑誌」を創刊した。
また山梨普通学校を開設し教育の振興にも尽力。
この後、身延山山務監督となり山内の整備に努め、静岡池田本覚寺住職となった。
同三〇年特派布教師として台湾布教を行い、同四四年には朝鮮開教司監となって朝鮮布教を図った。
のち、宗務総監、日蓮宗大学長を歴任。
身延山久遠寺八一世および管長として祖廟など身延山内を整備し、また昭和六年(一九三一)の日蓮聖人六五〇遠忌を準備し布教宣伝と、事業遂行のため巡教中に遷化した。
石橋湛山の師父。