日裕(通王院)
日裕(通王院)
にちゆう
(-一六〇六)
字は慧沢、号は通王院と号す。
小西檀林開祖、京都立本寺第一五世貫首。
天正二年(一五七四)叡山より帰洛し洛北松ヶ崎に学室を構え、台学を構ずる教蔵院日生に師事する。
その後は師日生に随従し、要行院日統が関東下総飯塚に学室を開き、日生その招きに応じて飯塚に開講するや、日裕もまた日生に従って助け、日生が飯高に移るや日裕もまた転じて講を開く。
日生、在檀三年にして帰洛し松ヶ崎檀林に講ずるや日裕もまた京都に帰る。
天正一八年小西正法寺妙道院日悟は、正法寺に学室小西檀林を開き、日裕招かれて同檀林開祖となる。
翌一九年徳川家康より三〇石の朱印を受け、学徒に講ずること一七年、飯高・中村檀林と共に関東三大檀林としての基礎をつくった。
慶長七年(一六〇二)京都立本寺の敬請をうけ、自證院日詔を飯高檀林から招いて小西檀林の化主とし、京都立本寺第一五世として入寺する。
山容をととのえ居ること五年、慶長一一年一〇月六日没。
《『日本仏教人名辞典』「日裕」の項》