日宝(雲雷房)
日宝(雲雷房)
にっぽう
(生没年未詳)
雲雷房と呼ぶ。
大坂雲雷寺(創立慶長三年=一五九八)の開山である。
さて安土桃山時代、法華神道の隆盛を見るに至った頃、三十番神信仰が法華宗の守護神信仰の有力な位置を確立し、従来法華守護の善神として尊重されていた鬼子母神・十羅刹女と共にわが国の守護神としても尊信されるようになった中で、身延山では七面天女が同山守護神として重きをなしていた。
この七面天女を最初に曼荼羅に勧請したのが、雲雷房日宝で、天正二〇年(一五九二)一二月八日の本尊に「南無七面大明神」とある(大坂雲雷寺蔵)。
四年後の文禄五年(一五九六)五月には身延一八世妙雲日賢が、七面山に新たに建立された七面明神の神殿の常住本尊として「七面大明神宝殿常住之本尊」を図している(久遠寺蔵)。
七面信仰は身延山一四世日鏡・一五世日叙・一六世日整の頃に発生し育生されたものと見なされる。
そして上記の如く図顕され、やがて身延の繁栄と共に全国に流布され、七面明神の位置も高まり、曼荼羅中の竜女と同格化されるに至る。