日全(等覚院)
日全(等覚院)
にちぜん
(一二九四-一三四四)
少納言律師。等覚院と号す。
日常門流(中山門流)。
日高の弟子とも日祐の弟子ともいい、一之江妙覚寺の開祖と伝えられている。
身延の日進に師事して抄物・相伝・口決を相承し、叡山および仙波に遊学して台学を学んだ。
著書に『法華問答正義抄』二二巻がある。
本書は正慶から康永三年(一三四四)五月にかけて今島田唱行寺において述作したもので、法華三部経の問答推研(一-一二巻)、浄土・真言・禅・天台の見聞(一三-二一巻)、法華天台止観勝劣事・当家の観心と行相(二二巻)をそれぞれ論じている。
その教義的内容は一切を題目の徳用とする首題法体の本迹を論じ、今時結縁の未来成仏を主張するもので、観心主義思想に対し否定的見解を示している。
なお日祐・日全のころ、中山と身延の間にかなり親密な交流があり、共に蔵書を書写し補充していったものと推測されている。
康永三年五月二五日化、世寿不詳。
《執行海秀『日蓮宗教学史』、宮崎英修稿「日蓮聖人遺文の文献学的研究-録内御書成立に関し-」『近代法華仏教の展開』、『日本仏教人名辞典』「日全」の項》