日中(正住院)
日中(正住院)
にっちゅう
(一六三〇-一七〇一)
字は省巳、正住院と号し、同広の号はある時夢中に釈尊より授与されたものと伝える。正住院同広と呼ぶ。
深草元政の莫逆の友で元政より三歳の年少である。
元禄年間(一六八八-一七〇四)、身延南谷に渓舌律院を興して本化律を保ち、生涯二食を守った。
その庵室を「不尽読誦堂」と称した。
博学多識で詩賦文章は人の推すところであり、一二歳の時、戸樞に題する詩に「好悪一転に因る、心斯れが樞為り云々」と。
また書帙に題する詩に「生る時は一赤身、死する白骨塵の猶し、謂ふ勿れ、是吾有云々」と。
またその四威儀の偈に「山中佳く世塵を断つ、適する所の用、豈貧を憂へんや、石枕を欹て草菌を施す、時に一睡百情眠」と。
その不染世間の高風をうかがえる。
著述に『いろはの抄』『法華音義』『本朝鐘銘集』があったという。
元禄一四年正月一九日、泉南妙法寺に寿七二歳をもって示寂した。
身延山南谷にその碑がある。
また覚性院日実と共に教智妙空比丘尼を在家中に教化し、その出家を遂げさせた。
《『日本仏教人名辞典』「日中」の項》