恩田
恩田
おんでん
三田説の一。
仏教では恩を判ずるとき父母・国主・一切衆生、三宝の恩の四恩とし、また恩をほどこし、恩を報ずるのに恩田・悲田・敬田の三田を分かつ。
田とは福田の意味で、田畠が物を生み育てるごとく、この田に施せば功徳・利益を受けるということである。
恩田は国王・父母等の仁恩、悲田は乞食・病人など困窮孤独の者への恩分、敬田は三宝への供養・先祖の霊への追善菩提のためのものである。
寺領は、国主等による仏道修行のための寄付であれば、国主治政下にある一般国民がともに享有する仁恩である。
従って当時の不受派の大寺の寺領は徳川氏が関東入府以前の昔より諸国主より寄進され、また各寺の開発によって得た寺領であることから、これらは徳川氏によって安堵されたもの、いわゆる先規によって安堵されたものであって、謗施を受けているものではない。
これらは国主仁恩の施であるから恩田であるとしていた。
しかし、国主が改めて三宝供養、菩提のための布施であるとするならば、三宝の恩すなわち敬田となるもので、施す人の心次第で恩田とも、敬田供養ともなるのである。
この恩田説は、野呂日講らを主とする不受不施正統派が特に主張した。
《宮崎英修『不受不施派の源流と展開』》