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延山録外

えんざんろくげ #2037

延山録外

えんざんろくげ


四冊。 身延山久遠寺に所蔵する写本遺文の集成の呼称。
『定本』番号一三・一四・一九・八〇・一三〇・一三九・一四九・二〇一・二三六・二三八・二八四・三五三・四〇五・続五四・五五の一五篇を収める。
『定本』では「延山録外又ハ延山本」の略符として(延)を用いた。 延山録外も延山本も同じだが、いわゆる朝師本録外とは別の集成。 ただし四〇五『八宮造営』のみは朝師本にも収録されている。 その由は未詳。
一五篇のうち一三・二三八は日遠・日奠・日亨の、一四九日は日乾・日奠・日亨らの久遠寺霊宝・宝物の目録によって明治八年(一八七五)まではその真筆が同寺にあったことは確かである。 更に二八四はほとんど同文の真筆が京都本満寺に、三五三の真筆完一紙が京都田中に現存する。 これらのことは集成遺文としての延山録外の信憑に関わることである。
延山録外の翻刻は加藤文雅編『日蓮聖人御遺文』(一九〇四年刊)続集収録をもって最初とし、『定本』は収録遺文を個別化して従来のものと共にこれを編集した。
《『遺文辞典』歴史篇「延山録外」の項》

【補記】『延山録外』は、身延山久遠寺二十六世日暹(一五八六-一六八四)らが書写・収集した日蓮聖人遺文集である。約二三○篇を収めるが、その中には従来の「録内」「録外」に収録されていない身延曽存遺文(明治八年焼失)が多く含まれ、しかも真蹟に忠実な臨写がなされている。身延文庫に十三冊の所蔵が確認されているが、現状は①『延山録外』四冊(『身延文庫典籍目録』中一二○頁「歴代の部第二十六世日暹A26」)、②『御書録外』八冊(同下四六頁「諸宗部当聖1」)、③『録外十六』一冊(同中一三五頁「歴代の部第二十六世日暹B21」)に三分割されている。『延山録外』はまず本間海解・稲田海素氏らによって見出され、『武蔵殿御消息』など一五編が『縮刷遺文』続集に収録された。『定本遺文』はこれを踏襲するとともに、目録部に①『延山録外』四冊の目録(七六篇)を掲載した(二七九八頁)。しかしこの時には②③併せて九冊の存在が忘れられてしまったようで、(一三)『武蔵殿御消息』、(一四)『十住毘婆沙論尋出御書』、(一九)『二乗作仏事』、(二三八)『西山殿御返事』、(四○五)『八幡宮造営事』の 「六書見当たらず」と注記されている。ともあれこの「延山録外目録」の公開によって、『撰時抄』『法華取要抄』等重要遺文の異本・草案類の存在が明らかとなった。寺尾英智「『延山録外』収録の『撰時抄』異本をめぐって」(『日蓮教学研究所紀要』二○号、『日蓮聖人真蹟の形態と伝来』に「『撰時抄』異本と延山録外」として再録)、都守基一「『法華取要抄』の草案について」(『大崎学報』一五四号)、池田令道「四条金吾宛の消息断簡について」(『聖道』一七三号)、山上弘道「『強仁状御返事』について―『強仁状御返事』草案から得られる新知見を中心に―」(『興風』二二号)などは、これらを翻刻紹介したものである。近時、池田令道氏により②、ついで③が「日境本録外」(日境は日暹の実弟で身延山二十七世を嗣いだ人)として再確認され、その目録も公開された(「身延文庫蔵『録外御書』に関する考察」『興風』二六号、「続・身延文庫蔵『録外御書』に関する考察」『興風』二八号)。池田氏の業績により多年の疑問が解決されるに至ったが、さらに『延山録外』全篇にわたる影・翻刻の公開が待たれるところである。(都守基一)

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