妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

宝塔寺(京都府京都市深草)

ほうとうじ #1765

宝塔寺(京都府京都市深草)

ほうとうじ

京都市伏見区深草に所在。 深草山と号す。
開基は大師。 開山日像、創立元亨元年(一三二一)一一月。
もと京都妙顕寺の末寺
伝承によれば、当寺は嘉祥年間(八四八-八五一)藤原基経によって創建された真言の寺院極楽寺と称していたという。
永仁二年(一二九四)帝都開を決意し上洛した日像は、洛中において折伏教化に精進し、教線の拡張に努めていたが、一方では諸宗の反発を招き、徳治二年(一三〇七)から元亨元年にかけての一五年間に、三院宣によって洛外へ追われた。
この追放のころ、日像は京都近郊の伝道に努め、洛北松ケ崎の天台宗歓喜寺実眼、洛西鶏冠井(かいで)の真言僧実賢らを宗論によって帰伏させ、それぞれ松ケ崎妙泉寺、鶏冠井真経寺と改め日像の拠点としている。
深草極楽寺の良桂律師もこの期、日像と法論をかわし法華に改宗した一人で、その寺はのちに深草宝塔寺と改められた。
初めは鶴林寺と呼ばれ、日像を荼毘し、その廟所が建立されたが、そののち正一八年(一五九〇)八世日銀の代に、諸堂修営整備せられ、寺号も宝塔寺と名づけられた。
日銀を中興とする。

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