宗歌
宗歌
しゅうか
日蓮宗の「宗歌」は『身延山御書』の末文にある日蓮聖人の和歌を弘田龍太郎が作曲したものである。
即ち「立わたる身のうき雲も晴ぬべし たえぬ御法の鷲の山嵐」であり、弘安五年(一二八二)八月二一日の作とされている。
入滅に先立つこと五十余日であり、晩年の作歌であって、身延の山を霊鷲山と同じにみて、この歌が作られていったのである。
現在宗歌といえば、この歌が最も代表的であり、宗門の公式行事等では、もっぱらこの歌がうたわれている。
次にもう一つ「おのづからよこしまに降る雨はあらじ 風こそ夜半の窓をうつらめ」という和歌がある。
この歌も古くから聖人の作として知られているが『三沢御房御返事』(定二一〇三頁)に出てくるものであり、真蹟は伝わっていない。
文永一二年(一二七四)二月二一日身延山での書であるが「越後にて此歌詠じ候ゆへ書き送り候」とあるので、歌そのものは越後(佐渡の帰りに)で作られたものということになる。
なおこの歌は、初めの「おのづから」の部分を「こころから」とする異説もある。
例えば『聖人百首』(京都寺町小川源兵衛梓)には「こころから」となっている。
更にこの歌は聖人が身延山で小室の善知法印と下山の法喜阿闍梨の二真言師を教化されたときに、この歌をもって改宗せしめたとも伝えられている。
《『日蓮聖人事蹟事典』(雄山閣)「日蓮聖人讃歌」の項》