妙覚寺(岡山県岡山市)
妙覚寺(岡山県岡山市)
みょうかくじ
日蓮宗不受不施派の本山。
岡山県岡山市に所在。
龍華山と号す。
内信地下組織が自然発生的に形成されて間もない天和二年(一六八二)のころ、日指・津寺の両派に分かれて論争を展開した。
日指派は内信者を「法華真正ノ行者ヲ養育スルノ福田ナリ」(本妙院日珠)と示すように非常に重要視し、備前を中心に多くの強固な内信地下組織を作り、たび重なる弾圧にもかかわらず法命を相続していたが、天保法難によって組織は壊滅状態となった。
しかし幕末の釈日正は盛んな再興運動を京都・江戸にまで拡げ、明治維新後の政情安定を見計らい明治八年(一八七五)政府に再興願を提出し、同九年四月一二日日蓮宗不受不施派の公許を得、同年六月金川の蘭医難波抱節の邸を譲り受け龍華院と名付け同派の拠点とした。
同一五年には現在の山号が許可された。
寺号は派祖仏性院日奥が京都妙覚寺の歴代であったことに由来する。
昭和一六年(一九四一)三月不受不施講門派と合併し本化正宗となったが、同二一年七月再び分立し妙法華宗と称した。
その後同二七年一月に日蓮宗不受不施派と改め現在に至る。
当寺には『録内録外御書』を始めとする約一万冊の蔵書がある。
日典・日奥を始め関係僧の書簡などの古文書も多く、関係御本尊約六〇〇〇軸も所蔵している。
そのほか国重要文化財の花鳥図屏風、岡山県指定重要文化財の妙覚寺銅板法華経、大黒天立像、世界図、梵鐘その他多数の美術品も所蔵している。
教団の現況をみるに岡山県内を中心に関東、九州方面にまたがって約四〇〇〇の信徒戸数を有し、これを県内外の一七ヵ寺をもって教化に当っている。
また不文律であるにもかかわらず肉食妻帯の禁止を古来より厳守しているためか、再興当時は一〇〇人もいた法中(清僧)が現在では五名しかおらず、〈御法(ごほうしゆ)―宗務長―法中―法務係―入道―講社長―信徒〉とつながる組織に改め、三〇〇余名の入道、更にその中より一〇余名の法務係を設定し、老後の出家による法中の出現を待つなどして伝統教団の維持をはかっている。