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園城寺(三井寺・滋賀県大津市)

おんじょうじ #1208

園城寺(三井寺・滋賀県大津市)

おんじょうじ

滋賀県大津市園城寺町にある天台宗寺門派総本山。 山号は長等山。
智・武・持統三皇の誕生井があったところから三井寺(みいでら)ともいい、また延暦寺を山門と称するに対し、寺門ともいう。
七世紀頃、弘文皇の遺誡により皇子大友与多王が創建したと伝えるが、実上の開山は貞観元年(八五九)に再興した円珍である。
安二年(八五八)唐から帰朝した円珍は、堂塔を復興、貞観八年延暦寺の別院となり、同一〇年天台座主に補せられると共に、当寺を伝法灌頂道場とした。
その後、延暦寺内の円仁門徒と円珍門徒の間で繰返されてきた抗争は、天台座主補任、寺門戒壇建立問題などを契として、正暦四年(九九三)には頂点に達した。
この年、円仁門徒が円珍門徒の坊舎を焼き払ったことから、円珍門徒一〇〇〇余人は叡山を離れて別院三井園城寺に移り、そこを拠点として分離した。 ここに台法華教団は山門(延暦寺)・寺門(園城寺)両派に分裂し、互いに反目、対峙した。
永保元年(一〇八一)山門派によって堂塔ことごとく焼かれたのを始め、中世に至るも山門衆徒が大挙して園城寺を焼打ちすること数にのぼった。 これは両派の勢力争いまた嫉視によるものであった。
治承四年(一一八〇)以来兵火に遭うことも多かったが、朝野の信仰を得、寺門派として栄えた。
日蓮聖人立教開宗以前の若き日、「十二・十六の年より三十二に至るまで二十余年が間、鎌倉・京・叡山・園城寺・高野・天王寺等の々寺々あらあら習ひ回り候」(定一五五三頁)と記すように、京畿遊学の一期、この園城寺に足を留めた。
《『遺文辞典』歴史篇「をんじやう寺・園城寺・薗城寺」の項》

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