千代見草
千代見草
ちよみぐさ
二巻。
近世日蓮教団の中にあって、比較的早い時期に、受不施派の立場から、近世の一般民衆を対象として、彼らが実践すべき法華信仰の修行内容を平易に説いた布教書。
上・下二巻に分かれており、上巻では臨終正念に至る自利の立場から、法華信者の題目による臨終正念の意義とその具体的方法を説き、下巻では利他の立場から、病者に対する看病の功徳、死体処理、葬送、死後の法会に至る心構えやその対処の仕方などを説くという、極めて実際的な教示が見られるところから、近世法華信仰の実践的なテキストということができよう。
現在本書の原本は見られず、宝永七年(一七一〇)九月の刊記をもつ京師書林栗山宇兵衛によって出版された板本が最も古いものとされている。
著者は心性院日遠(一五七二-一六四二)とするが、最近では、本文の随所に煎茶の流行や熊野比丘尼の話など、日遠の活躍期からやや下った時代、正保から万治頃(一六四四-六〇)を上限とする庶民社会の事象がみられるところから、あるいは後世、著者が日遠に仮託したものかもしれないという見解も示されている。
当時の日蓮教学の流れをみてゆくと、日遠の門下で日重の学系を引きながら、義学よりもむしろ事戒主義の実践的面を継承して、宗教における倫理性を強調し、人格の完成を仏道の必須条件と考え、倫理を基調とする宗教の樹立をめざした“倫理的実践派”と称されるグループのあったことが知られ(執行海秀『日蓮宗教学史』二二二頁)、本書の内容などを考えた場合、あるいはこのグループの中にその著者を求めることができるのではないかとも考えられる。
なお本書は『近世仏教集説』(国書刊行会)、『国文東方仏教叢書』第二輯、『近世仏教の思想』(日本思想大系五七)に収録されている。