べつざふぎん
同座諷経に対していう。
諷経は禅宗における経文諷誦の義であり、国主の催す供養会に他宗の僧とは部屋を別にして諷経することを意味する。
別座諷経は古来宗門で認められて来たのであるが不受不施派祖日奥はこれをも相似の謗法として斥けた。
即ち慶長四年(一五九九)の大坂対論において日奥は大仏供養会出仕を断わった結果、徳川家康の逆鱗に触れ翌年対馬流罪となる。
供養会に出された膳の箸をとるだけで謗法であるとし、形式名分を重んじることが日蓮聖人の意(『聖愚問答鈔下』等)に叶うとみる日奥の名分論は門下末流に引継がれて不受不施派の根本理念となり「施主」の制度を生むに至った。