相似の謗法
相似の謗法
そうじのほうぼう
不受不施派の妙覚寺日奥の強い格式尊重、名分論、いわば厳格な形式主義が準拠となって展開される一種の謗法論をいう。
即ち慶長の受不受論(大坂対論)に即して述べれば、家康の譲歩案に対して日奥は、箸に手をつけるだけで物を食べねば実際には不受であり、それも自発的につけるのではなく、他から無理につけさせられたものであるから手をつけたことにはならない。確かにこれは不受の形といえようが、しかし膳に向い箸をとったことは、外から見れば供養を受けたものと見とられ、いわゆる相似の謗法となる。
これはとりもなおさず謗供についたことで、実の謗法に趣向するものである。
また別座に諷経してもこの膳につくならば、諷経はともかく同じ相似の謗法は免れないところである。
しかも施主の方(家康)よりすれば、謗法供養会といって斥けたものに出仕させれば、これを謗供とする根拠を失わせることにもなるわけで、このような点を日奥は慮ったものであろうか。
この日奥の名分論、形式主義は、日奥の門下末流に固く引継がれ、不受不施の根本理念となったのである。
なおこの相似の謗法には、行跡の相似・言語の相似の謗法があるという。
行跡の相似の謗法とは、実際には謗法行為をしたのではないが、その行動が謗法行為と見誤られるようなことをすること。
言語の相似の謗法とは、心に謗法なく、行跡にも謗法がなくとも、その言葉に謗法の臭いがあることで、共にこれらは謗法に準ずるものとなるのである。
相似の謗法についての具体的な事例は、日奥の著になる『宗義制法論』(『万代亀鏡録』上)に詳述されている。
《宮崎英修『不受不施派の源流と展開』》