身軽法重
身軽法重
しんきょうほうじゅう
身は軽く、法は重し、と読む。
これは勧持品の中で八十万億那由他の諸菩薩が、仏前において仏滅後に法華経を説くに際して、諸の難事をよく忍んで広く流布せしめることを誓っているが、その一節に「われ身命を愛せず、ただ無上道を惜む」と言っている一文がある。
また寿量品では仏が「衆生すでに信伏し、質直にして意柔軟に、一心に仏を見たてまつらんと欲して、自ら身命を惜まず、時にわれ及び衆僧、倶に霊鷲山に出づ」とある一文から、末法に法華経を弘める如来の使いや、法華経を信仰する者は、倶に身命を惜しまず、妙法、即ち無上道を大事に重く扱うのでなくてはならないとするのである。
日蓮聖人はこの身軽法重を実践され「大難は四箇度、小難数しれず」という法難迫害に遭いつつも、生命がけで妙法流布に挺身された。
『乙御前御消息』の中で、章安大師が『涅槃経』の文を釈し「身は軽く法は重いから、身を殺しても法を弘めよ」と言われた言葉を引用し「身は軽ければ人は打ちはり悪(にく)むとも、法は重ければ必ず弘まるべし。
法華経弘まるならば、死かばね還って重(おも)くなるべし。
(乃至)法華経を持つ人は一切世間の天人の眼也と説かれて候」(定一一〇〇頁)とある。
《『遺文辞典』教学篇「身軽法重死身弘法」の項、『日蓮辞典』「身軽法重」の項》