祇園社
祇園社
ぎおんしゃ
奈良朝あたりより発達した怨霊思想がしだいに御霊会なる祭儀を形作ってくるが、祇園社もそれが完全に発達したものの一つである。
京都市祇園にある現在の八坂神社がこの前身である。
この発生は『祇園牛頭天王縁起』や『祇園社略記』に説かれている。
興福寺の円如が春日水屋を承平の頃(九三一-九三七)移したもので祇園天神堂と呼ばれ、御霊会のための常置祭祠となり、いつしか牛頭天王が祀られた。
また吉備真備が唐より将来した牛頭天王を播州の広峰山に祀ったが、貞観一八年(八七六)に円如がこれを京都八坂に移して、天禄元年(九七〇)六月一四日に御霊会を始めた。
この社を初め観慶寺と称したともいわれるが、共に祇園社の由来として伝えられるものである。
牛頭天王は祭神では素盞鳴命とされ、仏教では薬師如来で本地垂迹の関係が結ばれている。
牛頭天王は三四二の部分に分けられ、頭頂の部分が妙法蓮華経を現している。
《家永三郎監修『日本仏教史』、『仏教布教大系』第四巻、『遺文辞典』歴史篇「祇園」の項、『国史大辞典』一四巻「八坂神社」の項》