無量義処三昧
無量義処三昧
むりょうぎしょざんまい
仏が法華経を説くに先だって入った禅定の名で、実相三昧・無相三昧ともいう。
無量義処とは無量義に分別されるものの基礎、即ち三乗差別の教法の根源である諸法の実相をいい、この実相に心を専念する状態を無量義処三昧という釈尊が説かれた無量義という。無量義とは、無量の方便のこと。「無量義とは一法より生ず」という『無量義経』の「説法品第二」の文の一法とは「法華経」で、無量の教義は、一つの真理から生じるということ。
法華経序品に説かれる。
智顗は『法華文句』巻二において、無量とは二法(頓・漸)・三道(三乗)・四果(声聞・縁覚・菩薩・仏)をいい、義処とはその無量の法義の依り処である実相をいうと釈している。
仏は四十余年に亘って諸経において無量の義を説き、次いでその無量の法義の依り処である実相、即ち妙法蓮華経を説かんとして、まず『無量義経』を説いて「従一出多(じゆういつすいた)」の義を示し、そしてこの三昧に入られたのである。
《『遺文辞典』教学篇「無量義処三昧」の項》