妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日閑(仙寿院)

にちかん #3163

日閑(仙寿院)

にちかん

(生没年不詳)
仙寿院と号す。
身延七面山に一〇〇日山籠して苦修練行・修法の奥義を悟得したという。
日閑は常に子弟に勧誡して言うに「修験の法は平等の慈悲心を第一となす。一念に名利を亘れば必ず現罰あるべし」(『本化別頭仏祖統紀)』とした。
日閑は権門勢を嫌い、麻衣木服そして粗食を常として読経唱題に日を送った。また貧賤孤窮を憐んで病苦者のために祈念した。その神妙の修験を慕って改宗受する者万余と称せられた。
しかも施を受けず、強いて贈ればこれを孤貧に与えて賑給させたという。
寛文一三年(一六七三)七月二四日化、寿九八歳『統紀』は慶長六年(一六〇一)に没したとするが慶安三年(一六五〇)日閑七六歳のの記録があるから誤りである。遠近の者はこの訃を聞いて歎き惜んだ。
世に宣伝する積善坊流の祖であり、七面信仰が江戸初期に諸方に伝播したのは、日閑の修法による所が多いとされる。
《宮崎英修『日蓮宗の祈祷法』、『本化別頭仏祖統紀、『日本仏人名辞典』「日閑」の項

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