日航(慈光院・華光院)
日航(慈光院・華光院)
にちこう
(-一六六三)
慈光院または華光院と号す。
不受不施(三浦派)の人。
相模三浦大明寺(神奈川県横須賀市)一七世。のち備前金川妙国寺(岡山県御津町)一〇世に晋み、大いに中興の業を興し、学徳並び称せられた。
日航はまた洛外伏見真福寺(京都市伏見区)に住したこともある。
寛文三年六月四日入寂、世寿は不明。
弟子に平賀本土寺一七世(除歴)了心院日弘がいる。
日航は舜統院真迢が『破邪顕正記』『禁断日蓮義』をもってわが宗を難じたのに対し、万治三年(一六六〇)『摧邪真迢記』六巻、『摧邪真陽論』五巻を著し論難破斥した。
また『理契記』一巻によれば、(1)日航は受不受論に対して、両者を調和せんとする態度が見られる。即ち一種の妥協論であるが、形式の変更により施主代を設け、その手より受けて謗施の責めを免れるという。(2)本迹論についても調和的態度をとっている。
他に著書は『破魔正理集』『決義問答抄』一巻、『日蓮未来記』一巻などがある。
《『日本仏教人名辞典』「日航」の項》