日明(学優房)
日明(学優房)
にちみょう
(一二五三-一三一七)
学優房と号す。新潟県佐渡市市野沢(一谷)妙法華山妙照寺三世。
『本化別頭仏祖統紀』によれば、佐渡守護本間山城入道泰宣の一族で、本間三郎左衛門直重の子に当るという。
父の直重についての記述は、龍口法難の時日蓮聖人を斬ろうとしたが、霊験の現れたことに恐怖をいだき、即刻聖人に帰依したという。
また山城入道に従って佐渡に渡った折、正中の変で、謫居中の日野資朝(-一三三二)を山城入道の命によって斬殺した。
後に「資朝の子阿新の復讐にあった」等と記されてはいるが、年代など史実と相違する点が多く信憑性に欠ける。
日明についての記述を見ると、父直重の訃報を一谷の住僧日静(一二二二-一三〇一)に急ぎ知らせた後、父の昔日の言を日静に語り、父に代わって出家したい旨を願い出た。
日静はそれに感銘し、父には浄観房日賢、当時少年であった日明には学優の字を与えた、とある。
以上のように『本化別頭仏祖統紀』の記述には矛盾が多いので、ここでは伝説として挙げるに留める。
一谷妙照寺の過去帳には、文保元年(一三一七)三月五日寂、六五歳とあり、三島郡出雲崎大覚山善勝寺四世の日明には「二五日寂」とのみ記されている。
日明の行跡等については全く不詳。
《『日本仏教人名辞典』「日明」の項》