宗論(狂言)
宗論(狂言)
しゅうろん
狂言。
京都六条本圀寺の法華僧(アド)が身延山詣での帰途、道連れの現れるのを待っている。
そこへ善光寺参詣帰りの東山黒谷の浄土僧(シテ)が通りかかり、二人は多生の縁と喜んで共に歩き始める。
しかし互いの自己紹介を聞いて、シテが「これはいかなこと、また、例の情強者に寄せ合わいた。
何と致そう。
イヤ、道々なぶって参ろう」アドが「これはいかなこと。
また、例の黒豆数えに寄せ合わいた。
何と致そう。
イヤ、致しようがある」と言うところから道中の宗論が始まる。
宿で迎えた翌朝、シテが踊念仏、アドが踊題目をして狂いまわっているうちに錯覚して互いに相手方の唱え文句を言ってしまう。
そこでシテ「げに今思い出したり、昔在霊山名法華」、アド「今在西方名阿弥陀」、シテ「娑婆示現観世音」、アド「三世利益」、シテ「同」、アド「一体」と言い「法華も弥陀も隔てはあらじ」と仲直りをして、二人共名を「妙阿弥陀仏」とつけたという内容。
いわゆる出家狂言の一であるが、宗教の本道を逸脱して枝葉末節の論にこだわる仏教界への批判が含まれている。