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宗定法要式

しゅうていほうようしき #1717

宗定法要式

しゅうていほうようしき

昭和一六年(一九四一)、日蓮宗本門法華宗顕本法華宗三派合同の結果「法要式を統一すべし」との世論がおこり、翌一七年、三宗派から各々の権威者を挙げて委員とし、従来慣行の法要式を基本として慎重審議を重ねた。 そのには、養的な議論もでて、いくつかの保留になる箇所もあって、容易に決定を見なかったが、そのうち次第に戦時下の情勢は緊迫し、第一篇の「法要差定並式文」の項について意見統一をみて決定したのは、昭和二〇年五月であった。 しかし終戦後の五年は出版できるような情勢ではなく、原稿整等の作を進めてをまち、昭和二六年一〇月一三日初版が発行された。
内容は第一篇「法要差定並式文」、第二篇「行軌作法」、第三篇「声明」第四篇「要文選集」、第五篇「参考類聚」であるが、宗定法要式の、いわゆる「宗定」として統一することを必要とした主眼点は「行軌作法」と「声明」の項目であり、その手引書として編纂されたのが『宗定日蓮宗法要式』(略称『宗定法要式』)である。
なお、本書を編纂するために、各派から委員として参画したのは、石井日章(日)、長谷川寛慶(日)、堀龍淳(日)、加藤日義(日)、片山隨英(日)、中原通應(日)、中谷良英(日)、大井義学(日)、柳下日寶(本)、三上義徹(顕)、勝呂智静(日)、由比日光(本)、熊井本光(顕)、森川泰修(顕)、影山堯雄(日)、鈴木一成(日)、高橋玄浄(日)、そして当局の教学部長・中西本秀、主・伊藤勝淳等であり、中でも石井日章、高橋玄浄の功績を多とするものである。

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