安世院(千葉県市川市)
安世院(千葉県市川市)
あんせいいん
護国山と号す。
千葉県市川市中山に所在。
日慧を開基とする。
法宣院・浄光院・本行院と共に、中山四院家の一つとされていた。
開基日慧は浄光院主日経と同じく千葉胤継の子息と伝えられ、共に法華経寺第三世日祐の下に出家している。
のち安世院を築いてこれに住した。
法華経寺第四世日尊は、その法兄であり、これに協力し補佐するところ多大であったと伝えられている。
応永三一年(一四二四)三月一三日寂。
世寿は不詳である。
四院家の制度は、法華経寺四世日尊の代に設けられたもので、日尊は先代である日祐の遺命によって一山の格式を正した。
この時、学頭評定代官の職として、四院家の制を設けて、貫首の補佐に当たらせることとした。
この頃、この四ヵ寺は法宣院は日祐の法弟日貞、浄光院は日尊の法弟日経、安世院も同じく日慧、本行院は日尊の弟子日堯がそれぞれ院主となっており、いずれも法華経寺日尊と法脈を同じくし、また学徳に秀でた人物で、千葉氏にゆかりがあったとされている。
この四院家には席順の上下はなく、法臈をもってそれに代えたといわれている。
四院家はその院主が代々学頭評定の職を司り、貫首を補佐し、時には代官職に就くなどして、一山一門の運営に当たった。
肥前松尾山光勝寺における西海(九州)総導師職も、この四院家から選ばれた。
安世院もかような四院家の一つとして、法華経寺を中心とする中山門流の中で重要な位置を占めるものであった。