妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

大亀谷檀林

おおかめだにだんりん #1312

大亀谷檀林

おおかめだにだんりん

法華宗年表』によれば京都市伏見区地蔵町、妙亀山隆閑寺に創設、別名隆閑寺学室と称したが今はその跡もない。
承応元年(一六五二)五月二一日両山二〇世(尼崎本興寺、京都本能寺)誠諦院日善の代、常智院日順の寄付により伏見大亀谷地蔵院を銀二〇枚で買求め隆閑寺檀林の敷地とした。
翌二年日は伏見大亀谷地蔵院(現六体町)に隆閑寺檀林を創立、明暦元年(一六五五)種子島殿母公(妙円日饒大姉)が本願主となり木材を屋久島より寄進し、大亀谷檀林の講堂を建立し化主に智泉院日達(のち本興・本能両山二三世)を迎えた。
翌明暦二年三月二一日より二五日に至るまで大亀谷檀林の諸堂完備入仏供養を修した。
明治元年(一八六八)四月大亀谷檀林は尼崎檀林と春夏交替にて開校したき旨本能寺に出願、明治七年九月本能寺は大亀谷檀林(隆閑寺学室)の講堂を移し、元治元年長州兵による被害焼失後の本堂として再建上棟した。
従ってこれ以後大亀谷檀林は尼崎檀林に合併して現在の法華宗興隆学林となったのである。
その歴代化主を列挙すれば初代誠諦院日善、二代智泉院日達、以下院日の文字を略して順に記すと恵昇宥、円如啓、守玄観、源妙玄、仏乗寮、本住眷、恵昇長、慈眼逞、遠寿宋、永勝宝、蓮華勢、本玄邦、妙玄珍、円寿融、本光栄、英住升、法寿遙、英住升、本興円、亨雲允、常住融、亨雲允、詮量妙、信隆守、久成亨、祥光泰、恵光意、願行就、心具妙、一成現、智光透、栄樹寛、長遠要、久成亨、実成涌、要伝鏡、広宣俊、清浄耀、要伝鏡、要玄受、顕照延、放光元、本地観、寿信謙、光顕唱、端正竟、守真専、浄運順、正道元、唱導行、瑞光貫、久成授、本正妙、寛摂皥、尚光静、唱行忍、信受誠、保寿照、実行祇、浄光邐、済度海、本立芳、立行来、堅就進、浄妙源、本実顗、本慈譲、寛種宣、本化高、妙行慎、本要恩、大乗宏、大覚肇、正寿亮、昇純琮、心王系、報寿量、寂光住、円成照、寛正文、照観、心光耀、温良恭、本恭、貞昇実、大妙恕、信行勤、本具璟、英俊胤、久本成、本智皖の九三代で終わる。
同名は再歴である。
《『法華宗年表』、影山堯雄『日蓮団史概説』》

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