妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

出牢の弁

しゅつろうのべん #830

出牢の弁

しゅつろうのべん

繰り弁の一つ。
文永八年(一二七一)九月一二日、平頼綱は日蓮聖人を捕えて問註所に召喚し種々問訊した。 聖人はいちいち明快にその問註に答えたが、幕府は捕えたときから、すでに斬罪を行う予定で表面の処罪名を佐渡流罪とし、実は竜口で斬るべく刑場に引いたが不測の変で失敗に終った。 これを「竜口法難」という。 このとき幕府は日蓮団に徹底的な弾圧を加えた。 極楽寺の良観などが暴徒を使って放火・殺人などを働かせ、これみな日蓮の弟子どもの所行と宣伝したのに乗じて、幕府はその暴徒を捕えると称して、鎌倉在住の日蓮門下の多くを処刑しようとした。 これらの策謀はばれて中止となったが、その騒ぎのとき、門下の高足として師第一といわれた日朗も捕えられて土牢に幽閉された。 この日朗が、師匠の佐渡流罪中、しばしば土牢を出してもらい、聖人を訪れたという伝説を、哀切きわまる繰り弁調で語り、聴く信者を感涙に咽ばせた古来の布教師の名調子の一つが、この土牢の弁である。

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