伽陀
伽陀
かだ
迦陀・伽他ともいい、gāthāの音写である。
本来は韻文形式の経文乃至讃歌を指す語で、偈頌または単に偈とも訳しているが、声明曲の種目、即ち、伽陀・散華・対揚などのような呼称の一つであり、法要の始中終にわたって用いられる。
例を挙げれば、初伽陀(しよかだ)(後門伽陀ともいう)は、集会所(しゆうえしよ)に導師、式衆整列し終えたところで伽陀師(伽陀の句頭をつとめる役)が句頭し、同音より行列発進し、唱えつつ入堂着座する時に用いるもの(無言入堂の後、式衆各自席にて唱える式もある)、道場偈・総礼伽陀は諸仏諸尊勧請の伽陀、祖師会・誕生会・立筆・一部真読などの伽陀は各々法要の趣旨によって用いられるもの、回向伽陀は法要の終行において唱えるものというように、各々節目にあたるところに組込まれるものである。
そして、この伽陀の章句は、法要の趣旨によっては経文釈文の中から適宜応用するということが行われ、その際の節付けは、祖師会・誕生会などの旋律をそのまま用いることが通例となっている。
なお、この伽陀の旋律について、天台では、声明習得の上において「伽陀三年」という言伝えがあるように、その幽遠微妙な曲調に特徴を有すが、浄土宗・真言宗の伽陀は、章句のメリハリを明確にして、聞く人の耳にはっきり判り、共に唱えられることを指針とした節付けをなしているというように、対照的なものである。
本宗の身延・池上等に伝わる伽陀の節をきくと、浄土宗や真宗の節と同じ明確な節付けが行われているように見受けられる。
また伽陀には附物(つけもの)といって、笙(しよう)、龍笛(りゆうてき)、篳篥(ひちりき)の三人の楽人によって伴奏をつけることも行われる。
《『遺文辞典』歴史篇「伽陀」「十二部経」の項、『岩波仏教辞典』「伽陀」の項》