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順徳帝佐渡御遷流の事

じゅんとくていさどごせんるのこと #5212

順徳帝佐渡御遷流の事

じゅんとくていさどごせんるのこと

繰り弁の一つ。
鎌倉幕府の成立によって打撃を受けた公勢力が、再びその勢力の回復を企図して、承久三年(一二二一)に「承久の乱」が起った。 公側は北条幕府軍に大敗を喫し、乱後幕府は後鳥羽・土御門・順徳の三上皇を配流した。 その中で佐渡に配流された順徳上皇の生活情景を語った段であるばかりでなく、「阿仏房改宗の弁」「御陵御回向の弁」の説となる弁である。
本弁は同年七月二三日、上皇は遠藤為盛・女房千日らを供として、佐渡の豊田の浦に着く。 佐渡の上皇は何につけ都を思い出し、ある日、都の方向西南に飛んでゆく不如帰(ほととぎす)を見て「なけば聞く、聞けば都の恋しさに、此の里過ぎよ、山不如帰」と歌をよんだ。 在島二二年、悲嘆の日々を送った上皇は、仁治三年(一二四二)九月二四日、四六歳で没する。 遠藤為盛は、その菩提を弔うため出家して念仏の徒となり、阿仏房と呼ばれる。 しかし佐渡配流中の聖人の教化に服して改宗し、聖人に上皇の回向を願い出る、という内容で、聖人の信仰活動の遠因となった一つの背景を語る弁である。

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