音楽法要
音楽法要
おんがくほうよう
大別して二通りの意味につかわれている。
(1)雅楽演奏を組入れた法要を指す場合と、(2)少年少女もしくは成人男女の編成による合唱団の歌う仏讃歌を軸として、参列者も共に歌い礼拝するという形で行われる新様式の法要を指す場合である。
(1)の形式の法要は、天平勝宝四年(七五二)の東大寺大仏開眼式を始めとして、その後の時代に於ても、全国の諸大寺で行われている。
大阪四天王寺の聖霊会(しようりようえ)、奈良唐招提寺の仏誕会(別名を陪臚会)などは、その代表的なものであり、本宗に於ても身延山久遠寺、池上本門寺等の古記録によると、御遠忌もしくは年中の大法要などに、種々の雅楽曲が演奏され、舞楽も行われたことが知られる。
そして、この伝統は現在も受けつがれていて、東京・京都・名古屋を始め各地に雅楽の習得に励んでいる人達がいて、大法要には伶倫(楽僧)として出仕している。
(2)については、戦前の大正一〇年(一九二一)に編集された『日蓮宗法要式』(北尾啓玉〈日大〉編)に「聖歌篇」として、花まつり、彼岸会、御会式、その他年中法式毎に歌詞と曲を載せて、新しい音楽法要の試みを始めているが、形式を確立するには至らなかった。
《押囲良久『雅楽鑑賞』》