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身延道の記

みのぶみちのき #4897

身延道の記

みのぶみちのき

京都深草の元政が、七九歳になる母の願望で万治二年(一六五九)八月一三日に出発し、身延山へ参詣し、更に日蓮聖人ゆかりの霊場たる鎌倉から江戸を回り、帰途の関が原に至るまでを記した紀行日記である。
八○に近い老母との遠路は想像以上の難儀であったろう。
文に秀れた元政だけに、文中随所に漢詩和歌を交えての紀行文であり、身延詣を扱ったこの種の文章では、最も優れたものである。
二五日身延へ着き清水へ宿をとった。
翌日久遠寺祖師堂、御真骨堂を拝す。
「一(タビ)上 (テ)延山 (ニ)心愈悲(シ) 倶(ニ)生 (シテ)末法 (ニ)不 師(ニ) 手香頂礼影堂下 涙湿(シテ)尼壇 (ヲ)欲 (シテ)起遅(ル)」〈一たび延山に上て、心愈悲し、倶に末法に生れて師に逢はず、手香頂礼す影堂の下、涙「尼檀」(尼檀(僧拝礼の用ふる小さな敷物)を湿して起たんと欲すること遅し〉の名吟を遺し、更に「なにゆへにくだきし骨のなごりぞと おもへば袖に玉ぞ散りける」の名歌を記している。
二七日奥之院へ登り父の遺骨を収め、二八日には下山して鎌倉へ向い竜口・腰越を経て池上へ参拝、帰途は伊豆の玉沢へ寄り、一○月五日に関が原へ到着している。
上中下三巻からできており元禄一七年(一七〇四)に槇島昭武の注記した『身延行記』が出版されている。

図版

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