什門六老
什門六老
じゅうもんろくろう
日金(会津妙法寺)・日妙(見附玄妙寺)・日穆(鎌倉本興寺)・日全(見附玄妙寺)・日義(京都妙満寺)・日仁(会津妙法寺)の日什門流の六人を指す。什門九老(日運・日崇・日受・日祐・日春・日範・日舜・日通・日実)が日什改宗後帰伏の弟子といわれるのに対して、日什が天台宗より日蓮宗に改宗したとき、以前より随遂していた六人の弟子という意味で、特に会津六老僧といわれている。
文献に表れた最初は『日什聖人御由来之事』(宗尊)であり、その他『石井玄隆記』(元禄期成立)、『二位僧都玄妙阿闍梨日什正師別伝』(明和期成立 日台記)、『日什聖人伝』(元文期成立、日達記、後人冊補)、『妙法寺秘鍵』(嘉永期成立、如実日相書伝本)その他があり、中でも『日台記』は「師の厚徳を慕ふの学侶五人、跡を追て急に此旅宿に来る。
是れより已後、同じく善如房と常に師に随逐し造次の間離れず是台家の義虎と曰ふ六人也、後呼で会津六老僧と云ふ」と記す。
什門六老の中で日什門流の発展に寄与したのは、応永の法難で有名な妙満寺日仁の門下、妙満寺寂光日遵、同心了日泰、同守玄日親、少納言日近らで、彼らはまた、上総七里法華の研究上、除外出来ない存在である(『日親祈祷経末記』、永正年代成立)。
《本多日生・小林日至『本宗綱要』、長谷川義一『什門教学伝統誌』、立正大学日蓮教学研究所『日蓮教団全史』上、『宗全』五巻》