妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

行智

ぎょうち #4688

行智

ぎょうち

(生没年不詳)
日蓮聖人在世当時、駿河国富士郡(静岡県富士市)下方熱原郷市庭寺(いちばじ)にあった天台宗寺院瀧泉寺(りゅうせんじ)の実権を握っていた同寺院院主代。
平左近入道行智といい、念仏者であった。
日興の化によって聖人の弟子となった同寺院大衆日秀・日弁・日禅・頼円が、この地方に師説を宣布して農民を中心とする強信な檀越群を形成しているのを知り、これを抑えようと、日秀らに阿弥陀経読誦と念仏を強い、さもなくば追放すると迫った。
しかし日秀と日弁とがこれに従わず、なお同寺院内に踏み留まったので、富士下方の政所と結託して奸計をめぐらし、日秀らを支えている檀越を次々に陥れ、遂には日秀らを讒訴し、その檀越である農民二〇人を逮捕させ、うち神四郎ら三人を斬罪に至らせるなど、いわゆる熱原法難の元凶となった。
なお行智の讒訴に対する日秀らの陳情が、日蓮聖人の添削になる『瀧泉寺申状』であるが、この記述によって行智の行動をほぼ知ることができる。
《『遺文辞典』歴史篇「行智」の項、『昭和新修』別巻「平左近入道行智」の項、『日興門流上代事典』「行智」の項、『国史大辞典』一巻「熱原法難」の項》

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