蘇生祈念の弁
蘇生祈念の弁
そせいきねんのべん
繰り弁の一つ。
日蓮聖人が臨終の母を祈念して、蘇生させる情景を語った段である。
伊豆流罪の赦免を得た聖人は文永元年(一二六四)九月の頃、一〇年ぶりに故郷小湊に帰った。
本弁は故郷忘れ難く小湊にもどった聖人は、父妙日尊儀の墓に詣でて「日蓮は法華経弘通に暇なきとは言い乍ら、御存生中の常随給仕の本分にも漏れ、御死去の後は御幕参りも心に任せず」と、涙ながらに水を手向け「法華経弘通の功徳は、身に一分も付けず、悉く父と母とに棒げ奉らん」と法華経を読誦する。
回向を終って我家に着くと、集まった村の人々が「遅かった、お母様は只今御臨終」と言う。
聖人は母に取りすがり悲歎の涙にくれるが「定業も亦能く転ずるのは法華経の功徳」と気を取り直し、蘇生の御本尊を認めて、それを軒下の松の小枝に掛けて法華経を読誦し祈念する。
序品から薬王品に至った時、息絶えた母が不思議にも息をとりもどし、四ヵ年の寿命を延ばす。
という内容で、法華経の功徳と聖人の偉徳を通して、正法帰依を以って両親を救うという、真の孝養の在り方を信者に語る弁である。