草山集【教学】
草山集【教学】
そうざんしゅう
三〇巻。
草山元政(一六二三-六八)著。
延宝二年(一六七四)秋刊。
元政(日政)は著述消息詩文類を数多くものしたが、生前中、寛文三年(一六六三=四一歳)頃までの述作類を門弟が集録して二〇巻となし、自ら『草山集』と題して世に出した。
元政寂後、更に門弟達は先の「集」以降の詩文を集めて一〇巻にまとめ、合せて『草山集』三〇巻を編纂した。
正本は深草瑞光寺に在る。これは元政の代表的著書であり、彼の一代の著作の大部分はこの中に載せられている。
元政の教風はその後の教団に大きな影響を与えたが、彼はまとまった宗学書は残していない。
ただこの『草山集』の随所に散見せる教学論によって彼のめざした日蓮宗学を窺うことができるのである。
『草山集』は天(叙)・地(書)・玄(書)・黄(記)・宇(記)・宙(伝)・洪(行状墓誌)・荒(銘)・日(銘箴讃頌)・月(仏事)・盈(雑著)・呉(雑著)・辰(賦)・宿(五言古)・列(七言古)・張(五言律)・寒(七言律)・来(三五言絶)・暑(七言絶)・往(雑体)・秋(詩)・収(詩)・冬(詩)・蔵(詩)・閏(文)・余(文)・成(文)・歳(文)・律(文)・呂(文)から成っており、後に優陀那日輝が『峨眉集』『祖書綱要』と共に日蓮宗の三大宝策(『綱要正議』序)と称えた如く、日蓮宗の貴重な教学史的資料である。
と同時に当時の文壇に一家の地歩を占めていた元政の詩文集として、日本文学の上から文学的価値高きものとして評価されている。確かに『草山集』は詩人文人としての元政の当時の名声を肯なわせるものがある。
『与澄公書』に「およそ吾宗の学者、幼にして名目四教儀を習い、やや教観に渉って六十巻の中に皓首す」(『草山集』五六二頁)という当時の教団の宗学状況を批判し、「霊山の別付独り濁末を済う」(同書五七二頁)と本化別頭を称揚した元政を忘れることはできない。
衣鉢を継いだ日燈はこの『草山集』の註疏を作っている。
《本満寺発行『標註草山集』『草山拾遺』上・下巻》