立正寺(山梨県甲州市)
立正寺(山梨県甲州市)
りっしょうじ
山梨県甲州市勝沼町に所在。
休息山と号す。
江戸時代、身延山客末で、朱印地一八石余、境内四一五〇坪を領す。
もとは真言宗で金剛山胎蔵寺と称した。
文永十一年(一二七四)日蓮聖人がこの地に遊化し、立正安国論を講じ、建治二年(一二七六)和泉阿闍梨日法により改宗され、開山となる。
時の住持式部阿闍梨宥範は日乗と改め二世となった。
のち永享年間(一四二九-四一)、立正寺六世日位の弟子で駿河国駿東郡岡宮(静岡県沼津市)光長寺日朝は、京都日隆の弟子となり、両山一寺として八品派(法華宗本門流)の中心となった。
天正一〇年(一五八二)兵火のため全焼。
復興のため、時の住持日定は身延日新に請うて改派して身延山末寺(天正一九年=一五九一)となり、諸役・法会等旧規のまま許された。
塔頭一八坊、末寺七ヵ寺を擁した。